『教育』を読む会 6月例会

日時 2018年6月23日(土)
10:00~12:00
会場 みやぎ教育文化研究センター
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参加費 無料
テキスト 『教育』2018年6月号
内容

特集1 「大学版学習指導要領」と教員養成
特集2 格差社会を生きる大学生

いま大学における教員養成が大きな危機に直面しています。教員養成の学問的基盤の切りくずしと、教職課程に対する国家統制の強まりのなかで、大学では教師になることの楽しさ、子どもとともに学びを追求することの喜びを教えることが難しくなってきています。
特集1では、大学教職課程をめぐる近年の政策動向を分析・考察し、教員養成の現状と課題、これからを考えていきたいと思います。
特集2では、特集1とも関係しますが、今日の格差社会に生きる大学生の姿を通して大学教育のあり方を考えます。

前回の
様子

5月の日程は、結果的に大変厳しかったようです。というのもふたを開ければ、この日は多くの小学校が運動会、中学校や高校も総体前の部活などの練習で忙しかったようなのです。こんな日もあります。参加者は少なかったですが、継続は力なりで会を持ちました。
今回は、特集1の佐藤広美さん「教師が正義に向きあうとき—生活綴方教師・村山俊太郎の場合」を読み合いました。佐藤広美さんは、論考の冒頭で教師はどのようなときに正義の問題と向き合うことになるのだろうかと問い、「子どもとともに生きて子どもたちの幸福の実現を願うとき、その幸福を押しつぶそうとする現実が立ちはだかれば、そのとき教師は、自分が何をしなければならないのかと思い悩むだろう。教師にとって正義とは、そのような問題として成立してくるのではないだろうか。」と述べています。そして山形県の生活綴方教師・村山俊太郎は、戦前において「正義とは何か、という問題に思い悩んだ数少ない教師の一人」であったとし、その村山が、なぜ戦時体制を肯定し子どもたちに事変綴方を積極的に書かせたのかを問うています。話し合いでも、その点にかかわって意見が交わされた。
佐藤広美さんの論考をもとにそのことを考えると、一つは村山俊太郎が生活綴方を「リアリズムとヒューマニズムの結合」というときの、そのヒューマニズムの内実がどうだったのかということがあるように思いました。リアリズムについて村山は、事変綴方においても概念的傾向やマンネリズム的な綴方を批判し、子どもの日常の生活性と具体性を追求しています。村山の中でのリアリズムは、事変綴方以前から変わらず追及されていると言えそうです。そう考えると、ヒューマニズムの内実にこそ村山の限界の一端があるように思われます。
二つには、一つ目のこととも関わりますが、リアリズムに徹するということは、徹すれば徹するほど戦時生活における苦しさや厳しさに向かうことになります。そして、そのリアリズムが日本民族・国家としてのナショナリズムと結びつき、生活の活路を見いだしてしまったのではないか。それはまた村山のヒューマニズムの限界を示しているということもできるかもしれません。そんなことを読書会の話し合いを通じて考えました。