『教育』を読む会 8月例会

日時 2019年8月24日(土)
13:30~16:00
会場 みやぎ教育文化研究センター
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参加費 無料
テキスト 『教育』2019年8月号
内容

特集1 「学校の働き方」を変える
特集2 教育のコトバ

子どもたちはかわいいし、仕事としてやりがいもある。でも何から何まで学校や教師に押しつけられる。超多忙過密労働のなかであえぎ葛藤し、疲弊していく教師たち。今や教師の仕事は「ブラック」。今年1月に中央教育審議会は、教師の働き方改革について答申を出しました。改革は、まさに待ったなしの状況です。
特集1は、なぜ学校が今のような事態になってしまったのか。このような状況を変えるにはどうしたらよいのか、さまざまな立場から報告がなされています。

学校にあふれかえっているのは仕事量だけではありません。カタカナ用語もあふれています。特集2は、そんな近年の学校に溢れているカタカナ用語について、具体にはアクティブ・ラーニング、カリキュラム・マネジメント、コンピテンシーとコンテンツ、ファシリテーションとワークショップを、改めて吟味検討しています。

前回の
様子

今回は、7月号の特集1「子どもが決める」について、矢部英寿論文(「問うことをあきらめない」)と荒井文昭論文(「学習権者を主権者としてとらえ返す」)を輪読し、この特集全体について話し合いました。

特に議論になったのは、子どもを学習権の主体としてとらえるだけでなく、学校運営の主体として位置づけていく(荒井論文45頁)というところでした。
子どもを学校運営の主体にするというとき、子どもが学校運営に「参加」することを、法的な権利の面でも、発達段階・課題に応じた参加の権利という面でもどのように考えていけばよいのか。また、授業、行事、日常的な学校生活のルールなどのうちどの側面について考えていくのか。
こうした点についてもっと理論・実践両面から詰めていく必要がないだろうかということが、議論の一つの基調をなしていたと思います。

子どもが学校運営に参加する権利を、たとえば意見表明権の観点から、「何を自分たちの共通要求・統一要求にするかを決定することができ、その決定事項を学校や学級の管理者と交渉する権利も自治権として認められるべきである」(山本敏郎論文14頁)と考えることはできそうです。
また、教育実践としては、学校・学級集団の「時間軸」と「空間軸」をふまえた生徒自身による行事のスローガン、学年目標づくりなどの取組みは、矢部さんが指摘する点にも重なってきます。

他方、学習権者を主権者として位置づけなおす=「主権者として子どもを位置づけ直す」(荒井論文44-45頁)というとき、教師が子どもを「主権者」として受け止めることができる関係性をどう作るかについても課題ですが、特集1にはあまりこの視点がないという意見もありました。
教師が「主体」として生きるにはどうしたらいいかを考えている特集2と合わせて読む必要もあるのかな・・・とも思いました。(本田・記)