今回は、7月号の特集1「子どもが決める」について、矢部英寿論文(「問うことをあきらめない」)と荒井文昭論文(「学習権者を主権者としてとらえ返す」)を輪読し、この特集全体について話し合いました。
特に議論になったのは、子どもを学習権の主体としてとらえるだけでなく、学校運営の主体として位置づけていく(荒井論文45頁)というところでした。
子どもを学校運営の主体にするというとき、子どもが学校運営に「参加」することを、法的な権利の面でも、発達段階・課題に応じた参加の権利という面でもどのように考えていけばよいのか。また、授業、行事、日常的な学校生活のルールなどのうちどの側面について考えていくのか。
こうした点についてもっと理論・実践両面から詰めていく必要がないだろうかということが、議論の一つの基調をなしていたと思います。
子どもが学校運営に参加する権利を、たとえば意見表明権の観点から、「何を自分たちの共通要求・統一要求にするかを決定することができ、その決定事項を学校や学級の管理者と交渉する権利も自治権として認められるべきである」(山本敏郎論文14頁)と考えることはできそうです。
また、教育実践としては、学校・学級集団の「時間軸」と「空間軸」をふまえた生徒自身による行事のスローガン、学年目標づくりなどの取組みは、矢部さんが指摘する点にも重なってきます。
他方、学習権者を主権者として位置づけなおす=「主権者として子どもを位置づけ直す」(荒井論文44-45頁)というとき、教師が子どもを「主権者」として受け止めることができる関係性をどう作るかについても課題ですが、特集1にはあまりこの視点がないという意見もありました。
教師が「主体」として生きるにはどうしたらいいかを考えている特集2と合わせて読む必要もあるのかな・・・とも思いました。(本田・記)
|